子どもとつくる楽しい国語・文学の授業

book

船団book review 2008.11~2020.5

2020/05/31

『俳句』2020年6月号 Kindle版

角川文化振興財団 (2020/5/25)

本書には、特集として「教養としての〈文人俳句〉」が組まれ、その総論に高橋睦郎の「文人俳句再見」、各論には尾崎紅葉、芥川龍之介、永井荷風、横光利一、三好達治の句が論評されている。文人といえば、石川淳が想起されるが、ユマニスト・渡辺一夫の存在を忘れるわけにはいかない。文人の総合性や美意識におもいを致したい。

黒沼真由美著・館博監修『マンガで読む発酵の世界』

緑書房 2020年2月20日発行 1800円+税

新型コロナウイルス感染拡大にともなう今般の世情に鑑み、ひしとおもうのは、「科学的リテラシー」の生活化ということ。詳細は、文部科学省のサイトにもあるが、「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために」に必要な能力を訓練する手始めとして、まずは楽しく発酵の世界を学びたい。

2020/04/19

中西正人(なかにし・まさと)『大阪の教育行政―橋下知事との相克と協調―』

株式会社ERP 2020年2月27日発行 1800円+税

1951年生まれの中西正人先生は、大阪府教育長(2009.4-2013.3)、大阪教育大学理事を経て、現在は桃山学院教育大学副学長。わたくしは、先生が大阪教育大学理事時代より懇意にしていただいている。先生は、2008年総務部長時代にかの橋下徹氏が大阪府知事に就任、ドラスティックな行財政改革が断行されていくなかにあって、2009年知事から教育長に任命され、2011年11月橋下氏が退任されるまでの間、橋下知事との相克と協調の日々は続き、松井知事時代には「物言う教育長」として教育基本条例問題をめぐって府知事勢力と厳しく対立し、大阪府教育振興基本計画の制定をもって退任。本書は、教育の人・中西正人先生の血の通ったドキュメントである。

2020/03/01

夏井いつき『2020年版/夏井いつきの365日季語手帖』

セゾンクリエイト 2019年12月27日発行 1500円+税

「プレバト俳句」でおなじみの夏井いつき先生の季語手帖。夏井さんの、俳句という小さな文芸振興のための貢献たるや実に大なるものがある。俳句という文芸が予想外に楽しくて面白いものであること、それは自作における努力や勉強なくしては上達しないということを笑顔と叱咤で届けてくれている。本書で日々の研鑽に励みたい。

今野真二『日本語の連続/非連続――百年前の「かきことば」を読む』(平凡社新書935)

平凡社 2020年2月14日発行 920円+税

百年前の1920年は大正9年。そのころは、どのような時代だったのか。そして、そのころのことばや人々の言語生活は、どのような様相を呈していたのか。キーワードは「多様性(diversity)」。今野さんは、明治35年(1902)頃から昭和5年(1930)頃までを射程に、現代につながる・つながらないことばの実相を鋭角に現在化している。

2020/01/05

原ゆき句集『ひざしのことり』

ふらんす堂 2020年1月1日発行 1700円+税

原ゆきさんは、エッジのきいた上質の叙情詩人。古典文学はもとより、三好達治、梶井基次郎、谷川俊太郎など歴々たる詩人たちのことばが句に裏打ちされていて、奥行きがある。坪内稔典一押しの「胡瓜持つ胡瓜の中に水の声」は、本書の代表句。原ゆきさんは水の詩人でもある。「春の手を水道水は縦に打つ」「ごにょごにょの模様の水が春の水」「水鳥の壊した水のもとどおり」「ゆびさきやすこしの水に浮く金魚」「白米は水に眠らせ冬の月」など秀逸。水つながりの「青空に青空棲みぬ十一月」「深夜バス鯨の胴の胴まわり」「ほたるいか君と契約した夜の」「見ておりぬ降雪という宗教」「ホタルかつて草間彌生という名前」「湯たんぽと言えばくちびるやわらかし」なども、また良き哉。

2019/11/24

瀧浪貞子著『持統天皇―壬申の乱の「真の勝者」―』

中公新書、2019年10月25日発行 900円+税

2019令和元年は、天皇家のことにおもいをいたしてしまう。わたしの勝手な思い込みは、明仁上皇と美智子上皇后が聖武天皇と光明皇后に比定されてしまうということである。大仏開眼法要をおこなった聖武天皇は、天武と持統(天智天皇の娘)の長男・草壁皇子の長男・文武天皇(珂瑠皇子)の子であり、光明皇后は大化の改新の功臣であった藤原鎌足の子・不比等の娘である。東アジア情勢の緊張関係の中、663年百済救済に向かった天智は敗北し、大津に遷都。皇位継承をめぐって672年壬申の乱。645年生まれとされる天武の后・持統はこの激動の時代を勝ち抜き、ついには原「万葉集」の編纂に着手する。日本という国のかたちを考えるための恰好の人物こそ持統天皇ではなかろうか。

2019/09/29

佛教大学編著『第12回佛教大学小学生俳句大賞入賞作品集』

2019年8月19日発行

本年度のこの俳句大賞の選考委員は、青砥弘幸、尾池和夫、田中典彦(佛教大学長)、坪内稔典、原田敬一、山本純子の6人。今回の最優秀賞句は「とり合いだバケツにはった丸ごおり」(小3)と「じてんしゃでいなごをふまずこいでゆく」(小5)の二句。この作品集には、このほか、優秀賞句8句、選考委員特別賞12句、入選句20句、佳作句234句が収録されている。「おしゃかさまむかしは何であそんだの」「ろてんぶろ空見上げたらオリオンざ」「のびるもちテストのてんものびるはず」「『もういいかい?』ふくらむおもち『もういいよ』」など多彩。わたしには、佳作句の「雪の中白も一つの色なんだ」(小4)「先生とストーブ囲む十三人」(小6)が秀逸であった。

2019/08/18

山本純子詩集『給食当番』

四季の森社 2019年8月25日発行 800円+税

しなやかさは知性の力であると、山本純子さんの詩を読んで、そう思う。本詩集は、前作『きつねうどんを食べるとき』(2018、ふらんす堂)につづく。読者をクスリとさせるユーモアは、本作においては、ちょっと控えめ。むしろ、季語の日常とは、こういうものでないかしらと伝えたいのでは。詩「てんとう虫」は、「地図記号が好きだ//畑 果樹園 針葉樹林/一つ一つは小さな記号が/一面に広がる世界を表している//今年 初めて見つけた/てんとう虫/ヨモギの葉っぱにとまっている//てんとう虫も かわいい記号だ/伝えているよ/このあたり一面 夏が広がっています と」とある。「声にすると、詩はいっそうげんきがよくなります。」それは、実は俳句の本質そのものではないかしら。

2019/06/23

『万葉集』

角川書店編ビギナーズ・クラシックス日本の古典 角川ソフィア文庫
2019年5月1日(改元記念重版)発行

短歌と和歌の違いは、一方で万葉集と古今和歌集の違いにも通底している。五七の調べは五七五と七七へと変化する。「振り放(さ)けて三日月見れば/一目見し人の眉(まよ)引き思ほゆるかも」から「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」。短歌への道は、やはり万葉の調べに淵源していることを再発見したい。

ヨシタケシンスケ『思わず考えちゃう』

新潮社 2019年3月30発行

『リンゴかもしれない』『もうぬげない』など、当代屈指の絵本作家のヨシタケシンスケ氏は、絵とことばで日常を哲学する人である。表紙に、「あわよくば、生きるヒントに。」/大人も子どももそれ以外も「考えすぎちゃう」すべての人へ――とあり、スマホに依存しすぎてしまった時代への警鐘は、軽妙洒脱にユーモラスでありたい。

2019/05/05

元号「令和」の由来をたどる万葉集を書いて学ぶペン字練習帖

書・岡田崇花/監修・犬飼悦子 ブティック社 ブティック・ムック通巻1471号
2019年5月30日 900円+税

中西進『万葉集』(講談社文庫P560)によると、「令和」は「天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。」の記事により、これに続く「于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。」が典拠で、こたび淑和でなく、令和が言挙げされた。リョウワは呉音系、レイクヮは漢音系。古典は時間をかけて丁寧に学びたい。

韓国時代劇歴史大全2019年度版

編集人・小川亜矢子 扶桑社 2019年5月1日発行 1500円+税

まもなく立夏。退位礼、即位礼を祝して、今年は異例の大型連休となったが、小生は、連休中、韓国歴史ドラマ「동이 (トンイ、同伊)」60話を視聴しながら、ドラマの時間を生きていた。韓国歴史ドラマは、最初からゴールが明らかで、そのゴールにいかにして至り着くのかが醍醐味。ビジュアルな本書は、実に有益至便なる水先案内人。

2019/02/03

柏倉千加志(かしわぐら・ちかし) 詩集『空中ぶらんこ』

土曜美術社出版 2018年11月15日 2000円+税

「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない。」(小林秀雄)に倣うなら、「美しい詩のことばがある、詩のことばの美しさという様なものはない。」というフレーズがよく似合う詩集である。「雨上がりの/お茶の水駅前の夕刻は/足早の人混みで溢れている」(「紫陽花に囲まれて」)、「正直な背中は/人には見せられない」(「背中」)、「熟れた栗の実が/気づかれずに落下する/やわらかな秋を/そのままに/住まわせている廃校」(「廃校」)、「太陽は/白い日常の中では/ひとつのシンボルでしか/ありえないのだから/しばしば/明るさの中で忘れられる」(「太陽」)。美しい詩のことばを求めつづける鍛錬のなかに詩のことばは立ち上っている。

2018/12/16

最果タヒ『天国と、とてつもない暇』

小学館 2018年10月1日発行 1200円+税

消費されないコトバ、反芻されるコトバ、それが詩だとおもっていた。純度の高いコトバこそ詩だとおもっていたが、この詩集を読むと、どうもちがう。詩のことばの力は、自分の世界そのものを逆倒、屹立させてこそ価値があるのだと。「宇宙の果ては宇宙の果てだけを見ている。」(「夏の深呼吸」)詩集は、もっと読まれるべきなのだ。

『白川静漢字暦2019』

平凡社 2018年10月1日発行 1300円+税

師走を迎え、世の中すべてが暮れては新たに生まれんとして動き出している。1日1日とて、暮れては、また生まれ出づる。その当たり前がひしと感じられるこの12月。本屋には、カレンダーがあふれている。1月は「寶」、12月は「聆」、月ごとの漢字は、古代の漢字の姿のままの呪力で迫ってくる。時は神にして聖なるものなのだ。

2018/10/29

山本純子『きつねうどんを食べるとき』

ふらんす堂 2018年10月4日発行 1500+税

山本純子さんの詩のことばは、産毛のようにやわらかく、ひざ掛けのようにあたたかい。そして洗いたてのの洗濯もののようである。それでいてユーモラスで、読書者をドキリと立ち止まらせる。詩「電池」は、「電池には/プラス極とマイナス極があって/たのしい気分とこわい気分が/発生している//それで  夜/かいちゅう電灯をにぎると/たのしいような/こわいような気分が/手のひらから/からだ中にひろがっていく」とあって、この詩の読者には、もはやどんな懐中電灯もこの詩の「かいちゅう電灯」となってしまう。そんな克明なイメージを付与したまま山本純子さんの詩のことばは、いつもどこかへ軽やかに逃げ去っていっていく、風のように。

2018/09/02

本間明(ほんま・あきら)選・解説/水彩画は外山康雄(とやま・やすお)『良寛―野の花の歌』

考古堂書店 2018年6月1日発行 1200円+税

八月下旬、信州下伊那の平谷(ひらや)村に研修で出かけた。標高930メートルほどに位置する平谷村の夏の夜は20℃を下回った。山の神、水の神々の声が聞こえる縄文の息吹をひしと感じる村だった。良寛の野の花の歌もまた、古代の相聞が優しく奔放に息づいている。「秋の野のすすき刈萱藤ばかま君には見せつ散らば散るとも」

安田登『身体感覚で『論語』を読みなおす。――古代中国の文字から』

新潮文庫2018年7月1日発行 550円+税

わが座右の書『論語』には、「知者楽水、仁者楽山」「有朋自遠方来、不亦楽乎」「学而不思則罔、思而不学則殆」などの文言がある。それは、汲めど尽きぬ泉水のごとく、豊穣である。孔子の時代の文字から読むこと、能楽者としての身体感覚から読むことから解読された『論語』は、まさにリアルな福音の世界として開示されている。

2018/07/15

坪内稔典監修・佛教大学編『小学生のための俳句入門/君もあなたもハイキング・俳句の王様』

くもん出版 2018年4月18日初版発行 1500円+税

本書は、佛教大学小学生俳句大賞10周年を記念して編纂された俳句入門書。第一章には、喜びや発見に満ちた子どもの俳句がずらり並んでいるし、選者・山本純子さんの詩人ならではの、みずみずしい選評も楽しい。また、第二章・坪内稔典先生の俳句教室「俳句づくりって楽しいよ」には、俳句は、「ことばを絵の具のように使って風景を描いたものです。そしてそのできあがったかたち(風景)が作者の感動です。感動はつくった結果として現れるのです。」「五七五の表現は、心をゆさぶるとてもかんたんなことばの装置、あるいはしかけです」、「季語を手がかりにしてつくると、俳句づくりがとてもやさしくなります。」との指摘は、特筆に値すべき指南である。

2018/05/27

坪内稔典『伝記を読もう/松尾芭蕉・俳句の世界をひらく』

あかね書房 2018年4月15日初版発行 1500円+税

留まるのでは歩くこと、歩きながら考えること、創作することは、定住の場所を必要としない。定住の場所、すなわち安定にしがみつくことは、実は自由を失うことに等しい。芭蕉が旅に生きたのは、流転してやまない時を宿とするためであり、それは食=料理に精通していたからこそ可能だった。そんな発見をさせてくれる一冊。

佐藤洋一郎『稲の日本史』角川ソフィア文庫

2018年3月25日初版発行 840円+税

縄文と弥生、その対立図式がさも不動の公式であるかのように一般化しているわけであるが、稲のこと、水稲のことについてわたしたちが信をおいていることは、その歴史の事実からすると、どうも近代化に向かって整備され、様式化された制度的な概念だったようである。いまの現実を保守するための装置にだまされてはいけない。

2018/02/11

岡 清秀著『俳句とエッセー/僕である』(創風社出版)

2018年1月2日発行 1400円+税

岡清秀さんは、わたしのゼミで句会指導の修士論文を書いた岡清範くんのお父さん。タイトルは岡さんの秀句「初夏である富士山である僕である」にもとづく。マンホール好きの岡さんの実家は、兵庫県北部・鉢伏高原の麓にあるそうだ。ユーモラスで実直な岡さんのエッセーは、どれもあたたかい。この父にしてあの息子ありと拝読。

浅田次郎『神坐(かみいま)す山の物語』(双葉文庫)

2017年12月17日第1刷発行(単行本2014年10月、双葉社発行)

電車待ちのホームのコンビニで、タイトルに惹かれ偶然手にとった一冊。古事記を深く読みたい気持ちが機縁である。末尾の「天井裏の春子」から読み出し、武蔵御嶽山(みたけさん)の大広間を雷が通過する「神渡り」の描写に圧倒された。寸分隙のない研ぎ澄まされた小説のことばにはじめて出会ったからである。圧巻の一書なり。

2017/12/17

日本の四季を楽しむ『しきたり十二ヵ月手帳2018』

飯倉晴武監修 2017年9月20日第1刷 11月25日第2刷 1600円+税
Discoverディスカヴァー・トゥエンティワン

スマホのカレンダーになじめず、いまも、ジャケットの内ポケットに入るサイズの手帳を愛用している。仕事がら年度始まりのものである。手帳は、財布や免許証と同じく日々の生活をともにしている相棒であり、小生の俳句帖でもある。2018年も、もう間近。来年は、この手帳本を手書きの〈わたくしの本〉とすべく活用してみたい。

ラズウェル細木『大江戸酒日和~冬は熱燗と旨い肴~』

リイド社 2017年11月27日初版第1刷発行 438円+税 

とあるサイト(http://alcool.in/column/?p=549)によると、秋のお彼岸から春のお彼岸までの期間しか酒造りを許さないという「寒造り令」を江戸幕府が出したということである。大雪を過ぎ、来週には冬至である。そして新春を迎える。楽しみと言えば、旅と美食と美酒である。本書は、そんな楽しみの相棒に推挙したい1冊である。

2017/10/29

NHKテキスト『NHK俳句』2017年11月号

2017年10月20日発行 600円+税(648円)

Eテレの週二回放送「NHK俳句」のテキストである。11月号は、「巻頭名句」(片野由美子)をはじめ、四人の講師陣による俳句講座のほか、「宇田喜代子のくらしの暦」「旅を詠む/特別編/松山俳句甲子園」「アンソロジー・俳句と暮らす」「子どもといっしょに俳句のじかん」など、企画満載。勉学の秋は深まる。

NHKテキスト『まいにちハングル講座』2017年11月号

2017年10月20日発行 450円+税(486円)

こちらはラジオ講座のテキスト。ずいぶん長い間、ラジオ放送を聞く生活とは無縁であったが、ハングルを学びたい、話せるようになりたいと発起して、今年4月から「まいにちハングル講座」を聞くようになった。短いながらも定時に学ぶことに、予習復習は欠かせない。この秋もさらに「聴くこと」の生活を深めたい。

2017/09/03

山本純子『俳句とエッセー/山ガール』

創風社出版 2017年8月11日発行 1400円+税

俳句もエッセーも、ことばのセンスが問われる文芸である。「このごろを/ころっところがすと/このごろは/ちょっところがっていって/しゃがんで/風に吹かれて/涼しい顔をしている」「それで/もうすっかり秋なんだな/と思う」は、詩「このごろ」の冒頭。山本純子さんのことばは、どれも、にこやかで、しなやかである。

人類史研究会『図解/ホモ・サピエンスの歴史』

宝島社 2017年7月19日発行 741円+税

バス待ちの時間にコンビニに立ち寄ると、入り口近くの奥側に本棚があって、このごろ流行の本や雑誌に目を留めることがある。そうしたなかで見つけた1冊が本書である。ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』(2016)を下敷きにしていて、見開きの見出しごとに、目から鱗情報が満載で、さすが宝島と首肯した次第である。

2017/07/16

中原幸子『俳句とエッセー/ローマの釘』

創風社出版 2017年6月27日発行 1400円+税

このブックレビューでいつもたいへんお世話になっている中原幸子さんの本が届いた。なによりタイトルが洒落ている。香りの研究者として長くお仕事をつづけられていた理系の中原さんだからこその香りや日常を題材とするエッセーは、どれもみずみずしくて秀逸。幼子のように純粋な好奇心と探究心はモノの世界、コトバの世界、俳句の世界にストレートに分け入っていく。「雷雨です。以上、西陣からでした」「満場ノ悪党諸君、月ガ出タ」が双璧かと思慮するが、「君五歳うらもおもても空も夏」「涙が次のページに落ちて夏の暁」「水澄めりときに苦しき本を読む」「二時三時四時五時六時鰯雲」「シーラカンス抱きしめるしかないか、月」など、珠玉の輝きを放っている。

2017/05/21

坪内稔典『ねんてん先生の文学のある日々』新日本出版社

2017年4月25日発行 1600円+税

前半第Ⅰ部「文学のある日々」は「しんぶん赤旗」に2015年3月から2017年1月まで23回にわたって連載された文章、後半第Ⅱ部「カバのいる日々」は同上誌に2014年11月から12月に連載された文章を初出とする。都合29編、なぜ切りのよい30編にしないのか。ここにも、本書のウイットがあるやもしれない。ねんてん先生の文章は軽快、あるいは軽妙洒脱。軽快だから警戒が必要だ。「文学はつまみ食いをすればよい。つまみ食いをすると文学はとってもうまい。」これが前半のテーゼであり、後半は「カバと対面するにはしんぼうがいる。最低五分のしんぼう。だが、これがなかなかむつかしい。」とある。相反するテーゼのなかに文学の日々があるということなのか。

2017/02/05

万葉集/いにしえの歌を旅する

洋泉社MOOK 2017年1月16日発行 1300円+税

万葉集の最後の歌(4516番)は、大伴家持の「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(よごと)」(新年乃始乃波都波流能家布敷流由伎能伊夜之家餘其騰)であることは、よく知られている。その歌は、天平宝字三年(759)の正月一日に、家持が国守をつとめる因幡の庁舎で詠んだもの。雄略天皇をはじめ歴代天皇やその親族たちの歌が数多く所収され、その歌からは、ある意味生々しくも当時の政治(まつりごと)の息吹がそのままに伝わってくる。「うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟世(いろせ)とわが見む」「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありと言はなくに」。見ること、見せることが、実は万葉集の勘所かもしれない。

2016/12/18

Kindle版/正岡子規作品集: 全87作品

ファイルサイズ: 2006 KB
出版社: 青猫出版; 1版 (2016/12/14)99円

卒業論文で、太宰治の「人間失格」を題材に「失格」の意味を研究したいと考えている学生がいて、まずは全集を求めなさいと指導し、Amazonのkindle本を検索したところ、太宰治全集・280作品が1冊で、200円であることに驚愕してしまった。すでに夏目漱石や芥川龍之介の全集についても同様であることは知っていたのだが、利便であること以上に、研究に値する文学がそんなに安価でいいのかという思いを禁じ得なかった。デジタルネット時代、わたしたちは、新たなフェーズに入っていることを自覚すべきなのだ。公共図書館が無料であるように、普遍的に価値あるものは万人にひらかれ、子規研究も豊かな裾野の広がりをもって発展すべき時代が来ている

2016/09/18

アジェット・コレクションズ「チャップリン公式DVDコレクション」創刊号(① 「独裁者」)

2016年8月24日発売 799円

映画「独裁者」は1940年10月15日にニューヨークで、同年12月16日にロンドンで公開された。最大の見せ場である、独裁者ヒンケルになりすましたユダヤ人の床屋がおこなういわゆる「最後の演説」(The Concluding Speech of THE DICTATOR)は、ヒトラーがパリに入城した1940年6月23日の翌日に撮影された。本書はこうしたワンポイント情報がうれしい解説つきのコレクション。なにより、日本版VHS(朝日ビデオライブラリー)は14800円だった映像がDVDで本書に添付されているのは、驚きを超えている。You, the people, have the power to make this life free and beautiful - to make this life a wonderful adventure. 切なる強い愛のことばは詩になるという典型である。

2016/09/11

高良勉編『山之口貘詩集』

岩波文庫 2016年6月16日発行 640円+税

詩人・山之口貘。本名は山口重三郎、1903年(明治36)、沖縄県・那覇の生まれ。そのペンネームは22歳のころから。「税金のうた」(『鮪に鰯』所収)には、「文化国家よ/耳をちょいと貸してもらいたい/ぼくみたいな詩人が詩でめしの食えるような文化人になるまでの間を/国家でもって税金の立替えの出来るくらいの文化的方法はないものだろうか」とある。詩や詩人の価値が、ことのほか軽視されている日本。儲かること、世界で勝つことが第一とされている日本。貧乏詩人、生活詩人、沖縄の詩人として知られている貘だが、その詩のことばは硬質で、日本語のことばとして繰り返し鍛錬されているのだ。その鋼(はがね)の強さとしなやかな切れ味を顕彰したい。

2016/07/17

原作・有間しのぶ、作画・奥山直『あかぼし俳句帖(3)(ビッグコミックス)』

2016/6/4発行(Kindle本)

バブル時には自動車会社の宣伝部でバリバリ仕事をしていたが、いまは広報部の窓際社員に落魄してしまった明星啓吾が、なじみの小料理屋「お里」で出逢ったアラサーの女流俳人との出会いから、結社「帆風」の仲間とのコミュニケーションを通して俳句や句会の世界を実地に体験するマンガ。マンガは今や人生劇場に進化している。

沼田英治『クマゼミから温暖化を考える』

岩波ジュニア新書 2016/6/21発行

うろんな知識を頼りに生活していながら、さして違和感を抱かずに過ごしている現代。大阪という大都市で近年クマゼミの鳴き声が急激に増えたように感じられるのは、地球温暖化の影響であるということでは済まされない現実が生起しているのだ。地道で確かな事実に基づく科学研究の成果は、人間たちの未来に警鐘を鳴らしている。

2016/05/29

稔典百句製作委員会編『坪内稔典百句』

創風社出版 2016年5月20日発行 800円+税

ネンテン先生は詩人である。このたびの稔典百句を拝見しながら、そのおもいを強くした。おそらく、百句選句もそのあたりに編集方針があったのではないかと推察した次第。執筆者の一人として、ネンテン俳句に真剣に向き合ったとき、ネンテン俳句は輝き磨きを増した。読み手の力量に応じて、その俳句の値打ちが読まれるように仕掛けられているのかもしれない。そこがひしと怖い。その一方で、限りなく軽やかなのが、ネンテン俳句の真骨頂であると思い知らされ、すべては修士論文「萩原朔太郎論」に尽きているのではないかと観じた。また季語の重みとその豊かさをいかに活かすか、そこにこそネンテン俳句の本領があると思い知らされた一書である。

2016/04/03

佐藤文香編『俳句を遊べ!』(コ・ト・バ・を・ア・ソ・ベ! Vol.1)

小学館 2016年3月20日発行 1400円+税

著者は、第五回俳句甲子園において、「夕立の一粒源氏物語」で最優秀句に選ばれた才媛。異色なふたり(アニメーション作家・ひらのりょうとアイドルでマンガ家・水野しず)に俳句のイロハや本質を実践的に伝授する俳句塾の模様がポップに再現されている。ちょっと盛り込みすぎだが、なかなかに骨のある俳句入門書。

『大阪を古地図で歩く本』

KAWADE夢文庫 2016年3月1日発行 680円+税

「あさが来た」で、大阪が脚光を浴びている。大同生命、ヴォーリズ、五代友厚、みんな大阪検定の問題に出ていたので、すでに親しみをもっていた。二度の受験を通して痛感したのは、実際に自分の足で歩いてみなければ大阪の知識は身につかないということ。簡にして要を得た本書をいつもポケットに入れておきたい。

2016/02/14

齋藤 孝『声に出して使いたい大和言葉』

扶桑社 2015年12月10日発行 1400円+税

『声に出して読みたい日本語』(2001)で世間の脚光を浴びて一躍時代の寵児となった齋藤孝さんは、小生と同じ1960年のお生まれ。『声に出して読みたい方言』(2004)のときも、時代のトレンドを一歩先に進んでいた。本当に嗅覚の鋭い人だ。そして、こたびの本、「大和言葉」で押してくるとは。これまた時代のトレンドだ。つぎは沈黙かそれとも動植物や菌類の声か。今後の展開を期待したい。

雑誌『サライ』「みんな「漫画」で大きくなった」

小学館 2016年3月号・別冊付録あり 特別価格780円

スマホやタブレットで、雑誌も容易に読めるような時代。雑誌は、喫茶店や美容院や飛行機などで読むもので、電車のなかで目を通している人は、めっきり少なくなってしまった。雑誌のアラカルトというか、バイキングというか、豊富なメニューは実に楽しい。巻頭企画は、いわゆる今回の一押し。たしかに小生も「漫画」文化と成長してきた。この手の雑誌文化は、中高年の癒やしなのかもしれない。

2015/12/20

柏原眠雨『風雲月露』

紅書房 2015年8月31日発行 本体2500円+税

本書『風雲月露』は、平成元年四月創刊の俳誌「きたごち」が平成二十六年三月号をもって三百号となったことを記念し、主宰の柏原眠雨が毎号書き綴ってきたエッセー「風雲月露」を編集して一本としたもの。俳誌「きたごち」は、「有季定型、客観写生、即物具象、没小主観、説明省略、瞬間切断、韻律重視」などを俳句の基本として標榜する。曰く、「俳句らしさに欠けたつまらぬ句とは、(中略)主観や情緒に頼り過ぎているもの、言葉の面白さやこけおどしの表現だけで出来ているもの、観念や理屈に訴えて分かるもの、抽象的な曖昧な表現のもの」とあり、天の邪鬼の筆者は、ちょっと反発して、そういう俳句らしくない俳句をもっと追究してみたくもなる次第。

2015/11/01

寺田良治句集『こんせんと』

編集工房ノア 2015年10月10発行 本体2000円+税

京都の寺田良治さんは、洒脱な句づくりの達人。第1句集『ぷらんくとん』につづく本句集のタイトルが、またひとひねり。収載の「守宮落つコンセントが抜けたらしい」によるのだろうが、タイトルは、ひらがな。集中力はconcentration、「こんせん」は混戦や混線に音が通うし、そもそもは電源プラグの差し込み口。「啄木鳥の木から取り出す木の言葉」、これぞ本句集の真髄ではないか。洒脱の俳人と言えば見立ての宝井其角。「会う前のトマトのような胸騒ぎ」「性格はぶっきらぼうで青大根」「たましいは冷えております心太」「諳んじてまた忘れては揚雲雀」。現代の其角ばりの寺田さんの句のなかで、小生は、「黒板と少し離れて百合の花」を本句集の秀逸とする。

2015/09/06

又吉直樹『火花』

文藝春秋 2015年7月20日第12刷(第1刷は3月15日)

「神谷さんの頭上には泰然と三日月がある。その美しさは平凡な奇跡だ。」は、第153回芥川賞を受賞した作品『火花』末尾の一節。「『師匠、この楓だけ葉が緑です。』と僕が言うと、『新人のおっちゃんが塗り忘れたんやろな』と神谷さんが即答した。『神様にそういう部署あるんですか?』と僕が言うと、『違う。作業着のおっちゃん。片方の靴下に穴開いたままの、前歯が欠けてるおっちゃんや』と神谷さんが言った。」とは、まさに俳諧の呼吸。「僕は蠅きみはコオロギあれは海」「母親のお土産メロン蠅だらけ」は、あほんだらの神谷さんが泣き止まない赤子に披露した「蠅川柳」。スパークする火花と放列する花火。芸人・又吉直樹は、平成の俳諧師なのだ。

2015/07/19

皆川 明(みながわ・あきら)絵・谷川俊太郎文『はいくないきもの』

クレヨンハウス 2015年6月150日第2刷発行(2015年4月10日初版) 1200円+税

過日、NHKに出演していた谷川俊太郎によると、皆川明から届けられたある不可思議な生きものの絵に、谷川俊太郎がことばを添えて絵本をつくるということで本書は生まれた。皆川明の絵にぴったりな言語表現、それは五七五だった。「んぱぶさな/けしきひろびろ/あっぺくも」、表紙絵の作品。詳細は、実際をご覧あれ。

『小学館の図鑑・NEO』[新版]魚 DVDつき

小学館 2015年6月23日新版第1刷発行 2000円+税

図鑑は、多様性の宝庫である。整然とカテゴライズされた配列は、体系的な思考を培うのに実は大いに役立っているのではないか。図鑑づくりは、途方もなく経費と労力のかかる仕事でありながら、こういうものが更新されつづけられるからこそ、文化は厚みをもって豊穣になるのではないか。いまこそ図鑑の時代なのだ。

2015/05/31

谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)『好きノート』

アリス館 2015年4月30日第6刷発行(2012年10月30日初版)

谷川俊太郎が安野光雅や大岡信や松居直らとともに、小学1年生のための理想の国語教科書として編集に取り組んだ『にほんご』(福音館書店)は、1979年に刊行された。コミュニケーションということから、「にほんご」という「ことば」のありようを開示した画期的な一冊であった。本書は、その進化形。オシャレで、愛おしい。

ラズウェル細木『旬の魚とうまい酒を楽しむ【春夏編】』

綜合図書 2015年5月25日発行

「目には青葉」と素堂の句を口ずさんで、急に鰹を食べたくなって、なじみの居酒屋にいそいそ足を運ぶのだが、日本酒に比して旬の魚についての知識は、われながら実に貧しい。市場や商店街と離れて暮らしているせいかもしれない。酒飲みたるもの、もっともっと旬のものに貪欲たるべし。そんな気持ちにさせられる、楽しい一冊。

2015/04/12

勝木俊雄(かつき・としお)『桜』

岩波新書1534 2015年2月20日発行

先日から造幣局の通り抜けが始まっている。「普賢」「関山」「鬱金」など、八重の桜は、実に見事である。「さまざまの事おもひだす桜かな」(芭蕉)の句をはじめとして、開花する桜にまつわる文学は、それこそ枚挙にいとまがない。筆者もまた、近所の枝垂れ桜が花をつけ始めると、歳月の流れをひしと感じてしまう。とはいうものの、実のところ、桜そのもののことはよく知らないのが実情である。「純粋なオオシマザクラは伊豆諸島だけに見られると考えたほうがよい。したがって、オオシマザクラは平安時代の都の人々の目には触れなかったと思われる。」といった指摘にはドキリとさせられる。本書を手がかりに、もっと桜そのもののことを弁えて、この春を見送りたい。

2015/02/22

巽 好幸(たつみ・よしゆき)『和食はなぜ美味しい/日本列島の贈りもの』

岩波書店 2014年11月21日発行 本体2000円+税

益田勝実の『火山列島の思想』で出会ったのが、かれこれ30年前の大学生のころである。その書名に、ハッとさせられた。たしかに日本文学は、その大地たる火山列島にこそ固有性の淵源がある。それから数年後、沖縄に行って、「琉球孤」の発想に触れたとき、ヤマトの地は周辺に位置することを理解した。いま、地球科学・プレート学・マントル学の権威である巽さんの本に出会って、日本列島がなぜいまのような形になったのか、そのメカニズムを解き明かされ、驚嘆することしきりである。旬の美食と美酒を味わいながらのレクチャーだからこそ、気品があって、お洒落でもある。真に和食を実践することは、地球や日本の悠久の歴史におもいを馳せることなのだ。

2015/01/04

小菅丈治(こすげ・じょうじ)『カニのつぶやき――海で見つけた共生の物語』

岩波書店 2014年12月25日第1刷発行 本体2600円+税

お正月、家族旅行で小豆島を訪れ、寒霞渓をめざした。その途中、道のあちこちに野生のサルが座しているのには驚いた。ふと、木下順二の『かにむかし』のことを思い出し、サルもカニも、そして柿も、いにしえの日本になじみ深い存在であって、遠くは神話時代の「海幸」と「山幸」にも遡ることができるのだと気がついた。『かにむかし』のカニは陸のものの助けを借りて復讐劇を果たしたが、なぜかもの悲しい。それは、「山幸」に成功の果実を横取りされた「海幸」一族の悲しみかもしれず、「山幸」一族たる人間は、いまも「海幸」一族を食い物にしている。本書には、「ヒトを必要としない野生生物」たる「海幸」一族の「進化史的時間」の秘奥が物語られている。

2014/11/16

小林 隆・澤村美幸『ものの言い方西東』

岩波新書 2014年8月20日第一刷発行 本体780円+税

筆者の小林さんは新潟県の出身で、現在は東北大学の先生。東京に在住の経験がある。一方の澤村さんは、小林さんの東北大の教え子で、山形県の出身で、現在は和歌山大の准教授。かつての方言周圏論から、いまやNHKでは、「龍馬伝」「花子とアン」「マッサン」と、方言そのものが番組の全面に押し立てられ、日テレの「秘密のケンミンSHOW」は、人気の長寿番組となっている。本書では、①発言性②定型性③分析性④加工性⑤客観性⑥配慮性⑦演出性の7つの指標から、関西と東北におけるその言表のスタイルの文化性が問題とされている。関西にいるボクとしては、もっと東北の側から激しく突っ込んでもらえたらとの感は残るが、見通しの広やかな、エッジの利いたいい本である。

2014/9/28

川田順三『〈運ぶヒト〉の人類学』

岩波新書(新赤版)1502 2014年9月19日第1刷発行 720円+税

和食の実践を重ねているなかで、いまや私の興味は、道具や器にまで及び始めている。和食文化にしても、その実践は、ヒトによって担われているわけだが、そのヒトのことを私たちは本質的に理解し得ているのか。ホモ・サピエンス(知恵のあるヒト)、ホモ・ルーデンス(遊ぶヒト)、ホモ・ファベル(作るヒト)などとは別に、文化人類学の立場から、著者は「ホモ・ポルターンス(運ぶヒト)」の概念を提起している。樹上生活をやめて二足歩行を始めたヒトの祖先は、生きるためにモノを運ぶヒトになったのだ。グローバル化の意味が問われている今日だからこそ、ワールドワイドに著者の「文化の三角測量」をヒントとしながら、ヒトとしてモノとコトの文化をさらに掘り下げてみたくなった。

2014/8/10

村岡恵理『アンのゆりかご――村岡花子の生涯』

新潮文庫 2014年7月25日15刷

NHK連続テレビ小説「花子とアン」を機縁に、本書から村岡花子の生涯について学んだことは鮮烈である。なかんずく、『赤毛のアン』(ANNE OF GREEN GABLES)という本は、カナダ人婦人宣教師で花子の友人でもあったミス・ロレッタ・レナード・ショーが戦時下のため帰国を余儀なくされた昭和14年、日本を離れる際、ショーから「私たちの友情の記念に」と花子に手渡された彼女の蔵書だったということ、そしてその翻訳は東京大空襲をくぐりぬけ、翻訳が修了して7年後の昭和27年(1952)、戦後家庭文学の記念碑として出版されたという事実だった。村岡花子こと、「安中(あんなか)はな」は、明治26年(1893)の生まれ。女性運動にも深くかかわった彼女の生涯は、日本の近・現代史のなかの崇高にして気品ある縦糸であることを本書は教えてくれた。

2014/6/22

産経新聞社『国民の神話――日本人の源流を訪ねて』

産経新聞出版 2014年5月12日(第2刷)発行 本体1300円+税

このところ、日本の集団的自衛権の行使をめぐる議論で、世上は喧しい。また、イラクやウクライナ問題など、国際情勢は緊迫し、一触即発の状況である。こうした事態のなか、世界が戦争(いくさ)を是とするベクトルに傾いているように感ぜられてならない。とともに、ナショナリズムの昂揚が、じわじわと国民のなかに醸成されつつあるようだ。だからこそ、かつて「国体」として神聖化されたもののありようが、たしかな事実にもとづいて明らかにされなければならないのである。神話は、ことばによる世界観創造の歴史であり、覇権争奪の刻印でもある。火山列島たる日本の歴史について、本書をひとつの窓としてあらためてしっかりと考えてみたい

2014/4/27

蜂飼耳(はちかい・みみ)『おいしそうな草』

岩波書店 2014年3月19日発行 本体1700円+税

本書は、岩波書店の『図書』2011年11月号から2013年10月号に連載された「ことばに映る日々」24編の文章に、巻頭に「芝」、末尾に「台湾、花連の詩」「旧石器」の3編を書き下ろしとして加え、「あとがき」を付して刊行された。標題は、『古事記』に一度きりしか出てこない言葉である「青人草(おをひとくさ)」(イザナキノミコトが黄泉路から生還したとき、窮地を救ってくれた桃の実に語ったことば)によるとのこと。著者は、「人はおいしそうな草であることができるか、どうか。」と問いかけている。詩はどこに現象し、詩のことばはいかに存立するのか。詩論、散文詩でもある、日常に依拠するこの随筆は、真の詩人をめざす人に読んでほしい。

2014/3/9

『京阪神和食の店』

京阪神エルマガジン社 2014年1月30日発行 750円

2013年12月4日、日本国から提案した「和食;日本人の伝統的な食文化」が、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に記載されることになった。以来、にわかに「和食」に脚光があたっている。本書も、それにあやかった一冊。農林水産省のHPによると、その「代表一覧表」には、「能楽」「人形浄瑠璃文楽」「歌舞伎」「雅楽」「組踊」「アイヌ古式舞踊」なども、実はすでに登録されている。どれも、わたしたちの日常生活から遠い存在が遺産になっているのだ。本書掲載の和食店は200軒。お店のビジュアルな美しさもいいが、一汁三菜の基本をこそまずは知り、日々の生活のなかで実践していくことが実は肝要なのではあるまいか。

2014/1/20

『くまモンの熊本知っとこかるたBOOK』

学研パブリッシング 2013年12月31日発行 本体1200円+税

アベノミクスで東京や大企業は繁栄し、地方や中小企業は衰退していく、そんな世相の中、グローバルに雄飛し気を吐いているのが、熊本県営業部長・くまモンである。くまモンは、県知事とハーバード大学を訪問、先日は天皇皇后両陛下にも謁見。そのくまモンをナビゲーターとするご当地カルタ。楽しさ満載。これば、知っとっと?

『科学するこころを開くScience Window・サイエンスウィンドウ』2014年冬号

独立行政法人・科学技術振興機構 2014年1月1日発行 300円(送料込み)

小学校の国語教科書に、かねがね「土」や「水」に関するまとまった説明文教材がほしいとおもっていた。現在は、かろうじて『ダーウィンのミミズの研究』新妻昭夫著(福音館書店)の図書紹介があるばかり。自然は、大いなる教科書でもあるのだ。もっと大らかに、この一冊をナビゲーターとするような豊穣をめざす教育を考えたい。

2013/12/2

青木美智男『小林一茶・時代を詠んだ俳諧師』

岩波新書 2013年9月20日発行 700円+税

小林一茶は、宝暦13年(1763)5月5日(旧暦)、信濃国水内郡西柏原村(今の長野県上水内/かみみのち郡信濃町柏原/かしわばら)に百姓・弥五兵衛の長男として誕生した。そして、文政10(1827)11月19日、そのふるさとの仮住まいの土蔵の中で息を引き取ったということだ。享年65歳であった。一茶のふるさと・柏原には、北国街道の信越国境に近い宿場があって、野尻の宿を越えれば、そこは越後。豪雪地帯である。弥太郎こと、のちの一茶が、江戸に出たのは十五歳のこと。100万都市・江戸の労働力として、信州の人たちは江戸に出て働いた。俳諧師・一茶は、その信州人(椋鳥)の気骨を生真面目に生きたのだ。事実にもとづく本書の一茶観は、圧倒的な迫力である。

2013/10/14

三上 修(みかみ・おさむ)『スズメ――つかず・はなれず・二千年』

岩波科学ライブラリー213 岩波書店 2013年10月4日発行 1500円+税

雀の句としては、一茶の「われと来て」と「雀の子」が著名であるが、芭蕉に「稲雀茶の木畠や逃げ処」の句があり、子規に「蛤になりそこねてや稲雀」の句があることを本書から教えられた。「雀の涙」「雀百まで踊り忘れず」「門前雀羅を張る」「欣喜雀躍」「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」など、雀の成句には、なにかしら不思議な生々しさがある。雀が、わたしたちの生活にあまりにも身近な存在であるからかもしれない。それでいて、いやそれだからこそ実際の雀たちの生活には無頓着である。いま、雀の数が激減しているとのことだ。それは、とりもなおさず日本の暮らしも文化もまた激変しているということなのだと本書は、やさしく警告している。そこのところに気づきたい。

2013/08/18

加藤郁乎(かとう・いくや)編『荷風俳句集』

岩波文庫 2013/04/16第1刷発行 940円+税

『ふらんす物語』(新潮文庫)を読んで、その描写が科学者のように精確無比であることに衝撃を受けたことがある。俳句と漢詩創作に熟達していたからこそ、稀代の文章家・永井荷風は誕生したのだ。その秘奥を本書は物語っている。「葡萄酒の色にさきけりさくら艸」「川風も秋となりけり釣の糸」は、その一例である。

百田尚樹(ひゃくた・なおき)『風の中のマリア』

講談社文庫 2013/07/04第13刷発行 本体552円(税別)

本書の主人公は、オオスズメバチのワーカーである帝国の戦士・マリア。彼女の凄絶な一生を縦軸に、きわめて高度な社会性を有するオオスズメバチの生態が昆虫の視点からあますところなく見事に語られている。アリもセミもカマキリも、もはやこの本の世界からしか見られなくなってしまうほど衝撃を受けた一書である。

2013/06/30

南川高志(みなみかわ・たかし)『新・ローマ帝国衰亡史』

岩波新書 2013年5月21日発行

本書のローマ帝国衰亡史は、324年、ローマ帝国の東半分を統治していたリキニウスに勝利したコンスタンティヌス一世が、ローマ帝国唯一の皇帝となった事跡から語り出され、408年、テオドシウス帝の厚い信頼を受けていたローマ軍の総司令官・スティリコが処刑され、410年、ついにはゴート族のアラリック率いる軍隊が帝都・ローマ市をほしいままにしてしまうあたりまでの時代を主として扱っている。「ローマは一日にしてならず」「すべての道はローマに通ず」「郷に入っては郷に従え(Do in Rome as the Romans do.)」など、「ローマ」という都市および「ローマ人」概念の普遍性とは何か、その本質をなすものの意味を、本書は、その衰亡史のなかに鋭く道破している。

2013/05/12

岩波書店『図書』2013年4月号

月刊誌の『図書』は、2013年4月発行の本書で770号。小生の読書は、高校時代から始まったが、奥付の書き込みをみると、岩波新書の『パスカル』(野田又夫著)を書店で買ったのが昭和50(1975)年11月1日、同じ著者の『デカルト』を購入したのが同年11月22日。15歳、高校1年生の晩秋のこと。〝デカンショ〟の気風にあこがれていた少年は、「文化は岩波にあり」とばかり、『図書』年間購読を始めた。当時、年間で200円だったか。爾来、今日までのお付き合いである。第一級の文章家による数々の随筆は、格調も質もすこぶる高く、読書家・文章家への道をひらいてくれる。文化の羅針盤として、『図書』は、いまも小生の「硬派」の友である。

2013/03/30

白井恭弘(しらい・やすひろ)『ことばの力学――応用言語学への招待』

岩波新書 2013年3月19日発行

応用言語学とは、「現代社会の問題解決に直接貢献するような言語学」のこと。筆者は、現在、ピッツバーグ大学言語学科教授で、言語科学会(JSLS)の会長。本書は、岩波新書としては、『外国語学習の科学――第二言語習得理論とは何か』につづくものである。「日常会話能力(BICS=Basic Interpersonal Communicative Skills)」と「学習言語能力(CALP=Cognitive Academic Language Proficiency )」を区別して考えることが第二言語習得には重要であること。また、知識には、「宣言的知識」と「手続き的知識」があり、前者は「何かを事実として知っていて、それについて説明できるような知識(knowing what)」で、後者は「何かのやり方を知っているという知識(knowing how)」である。著者の例によると、靴ひもが結べても、靴ひもの結び方を説明するのはむずかしいとあるように、言語の問題、言語使用の問題を考えるとき、自動化され潜在化したシステムといかに向き合うかが肝要であると、本書を読んで、あらためて考えさせられた。

2013/02/03

永田和宏『近代秀歌』

岩波新書 2013年1月22日発行

本書は、「挑戦的な言い方をすれば、あなたが日本人なら、せめてこれくらいの歌は知っておいて欲しいというぎりぎりの一〇〇首であると思いたい」とあるように、国民の基礎教養を意識して編まれた明治以降の短歌のアンソロジーである。一大歌人たる藤原定家や斎藤茂吉を意識した野心的な一書。つぎは、『現代秀歌』へ。

村井康彦『出雲と大和――古代国家の原像をたずねて』

岩波新書 2013年1月22日発行

高校生のとき、必修のクラブ活動があって、川崎才太郎先生の「神話研究会」を選んだ。そのとき、岩波文庫の『古事記』を先生のリードで読んだ。イザナキやスサノオやオオアナノムチの話がとても印象に残っている。邪馬台国と大和朝廷の関係を出雲と出雲神話から読み解いた本書に、大いに興奮した。青春の読書は、生きている。

2012/12/23

若井新一『クイズで楽しく俳句入門』

飯塚書店 2012年9月20日発行

iPadミニ、ネクサス、キンドル・ファイアHDなど、目下タブレットPCが大いに注目を集めている。いまや、アプリを媒介にしてコミュニケーションや学習が進められている。俳句を楽しく学ぶためのアプリは、まだまだ開発途上。本書には、そのためのヒントがたくさん詰まっているし、例句がよく精選されていて、ありがたい。

明和政子『まねが育むヒトの心』

岩波ジュニア新書 2012年11月20日発行

俳句をつくること、俳句を楽しむことは、ヒトの心のなせるわざであるが、それは、どこに淵源があるのか、そんなことに想いを致しながら、最新の知見にスリリングな刺戟を覚えた。身体模倣と共感力(相手と快の感情を共有しようとする能力)がキーワードで、俳句や句会は、ホモサピエンスには、もってこいの営みなのだ。

2012/10/23

復本一郎編『井月句集』

岩波文庫 2012年10月16日発行

芥川龍之介も推挙し、跋文を草して編集にもたずさわった『井月の句集』が、下島勲(川家の主治医)の編として空谷山房から刊行されたのが、大正10年(1921)10月。その後、高津才次郎の献身的な調査により、昭和5年、『漂泊俳人・井月全集』が完成し、世に出た。「よき水に豆腐切り込む暑さかな」。食にちなむ句に見所あり。

谷口 匡(ただし)『読み継がれる史記/司馬遷の伝記文学』

塙選書(塙書房) 2012年9月15日発行

谷口匡氏は、現在、京都教育大学教授。わが友人でもある。細身のたいへん背の高い先生である。物腰柔らかで、儒者というにふさわしく、誠実無比の方。本書は、著者の人柄そのままに、史記の崇高な文学性を物静かに、しかし確かな知見にもとづいてやさしく解き明かしてくれる。教養は、かくたる本から得たいものである。

2012/09/09

内野聖子『内野聖子句集・猫と薔薇』

創風社出版 2012年7月24日発行

「妻という役を降り立つ枯野かな」「落日を横切り春の船が行く」「何事もなかったように紫蘇刻む」「春の駅会ってはならぬひとと会う」「三月の猫の肉球ふくふくと」「ガラス戸をはんぶん開けて夜の秋」「月光や身体の窪みまで届く」「五月闇雨の匂いの駅に立つ」。並べかたで、また異なるドラマも。これ、この句集の功なるかな。

田中 修『タネのふしぎ』

ソフトバンク・クリエイティブ株式会社 2012年7月25日発行

iPad電子版対応した一冊。見出しは3行分。本文は29字×30行程度。大きめの写真や図版があって見開き2ページで、100項目。章ごとにコラムがあって、これまた楽しい。帯の宣伝文句どおり、「話の“タネ”。が満載です!」。本づくりも読書のありかたも、新時代になってきた。生活の革新は、意外にスマートに始められそうだ。

2012/07/28

橘曙覧『橘曙覧全歌集』水島直文・橋本政宣編注

岩波文庫 2012年5月16日第5刷発行

橘曙覧(たちばなのあけみ)は、文化九年(1812)、福井に生まれ、慶応四年(1867)八月に没した国学者で、歌人。「たのしみは~~時」の形式からなる「独楽吟」52首は、つとに著名で、現行の小学校の国語教科書にも、短歌づくりのヒントとしてそのうちの三首が掲載されている。本書から、優にやさしき日常の短歌に学びたい。

橋爪紳也監修 高岡伸一・三木学編著『大大阪モダン建築』

青幻舎 2012年5月10日第六版発行

7月1日に大阪検定が実施された。今年の2級のテーマ問題は、「大大阪時代~通天閣・ルナパーク完成(明治45年)から御堂筋開通(昭和12年)までに建設された現存のモダン建築~」に関するもので、本書は、参考文献として事前に示されていた。受験後のいまも、折々に目を通しては新たに大阪を学ぶ、ボクの大事な一冊である。

2012/06/10

森澄雄・矢島房利編『加藤楸邨句集』

岩波文庫 2012年5月16日発行

『加藤楸邨全集』(全十四巻、1982年完結、講談社)を底本として、森澄雄と矢島房利とが本書に収録するための第一次の選句をおこない、しばらくのときを経て、森澄雄が永眠後に、本書は、刊行されることとなった。明治38年に生まれ、昭和の戦前・戦後を句作に生きた加藤楸邨の強い眼光をひしと感じずにはいられない。

井波律子『論語入門』

岩波新書 2012年5月22日発行

かりに宇宙に出かけるとして、一冊だけ本をもっていくとしたら何を選ぶかという問いを出すことがある。ボクの第一候補は、大学生のときに購入した金谷治訳注の『論語』である。「知者楽水、仁者楽山」をはじめ、深い含蓄に富む生きたことばの魅力は、孔子という人物から放射されていることを本書からあらためて学んだ。

2012/04/22

吉野朋美『コレクション日本歌人選028・後鳥羽院』

笠間書院 2012年2月29日発行

プリマヴェーラはイタリア語で「primavera」、春を意味し、ボッチチェリの画題でもある。後鳥羽院(1180-1239)は、高倉天皇の第四皇子として生まれ、承久の乱に破れ、ついには遠流の地・隠岐に没する。帝王としての国見の歌「見わたせば」は、春の歌であった。本書を機縁に、後鳥羽院の存在とルネサンスを重ねてみても面白い。

橋爪紳也監修『大阪の教科書・大阪検定公式テキスト』増補改訂版

創元社 2012年3月20日発行

本年7月1日(日)に第四回の「大阪検定」の試験が実施される。申し込みは、すでに始まっている。本書は、その名の通り、その検定のための公式テキストである。問題は、地理や歴史、文化や芸能など、多方面の領域から出題される。かつて、大阪には「都」があった。深く知ることは、きっと楽しく生きることにつながるはずだ。

2012/01/30

高橋睦郎『詩心二千年/スサノヲから3・11へ』

岩波書店 2011年12月15日発行

国語の先生としての仕事を営んで、すでに三十年以上。小林秀雄の古典評論に魅せられ、いくばくかの古典文学の本を読んできた。そのなかには、山本健吉の『詩の自覚の歴史』(1979)もある。ホンモノの教養が問われている今日、本書に展開されたスリリングな詩史・詩心論が、ニッポンのコモンセンスとなる日を切に希求したい。

伏木暢顕『「発酵食堂・豆種菌」の麹の料理』

日本文芸社 2011年11月20日第3刷発行(初刷は9月30日)

「麹」とは「米や麦、大豆などの穀物に火を入れて、種麹(通称、もやし)を振りかけ、麹菌(=麹カビ)を繁殖させたもの」。お酒やみそやみりんなどに使われているのが「ニホンコウジカビ」で、別名は「黄麹菌」。世界でも有数の分解力をもつ酵素を生産するのだ。麹の力はニッポンの力。ホンモノの味へ近づく実践をはじめよう。

2011/12/18

ひらのこぼ『名句集100冊から学ぶ俳句発想法』

草思社 2011年11月30日発行

南米のコロンビアにある日本食堂では、「将軍弁当」が大人気とか。とにかく、天ぷらに焼き鳥、いなり寿司ににぎり寿司、酢の物に煮物、とにかく盛りだくさんが人気の秘訣。本書も、ひとひねりされた百のテーマにしたがって、百の句集の名句の数々が、百花繚乱のにぎわいと彩りをなす。すてきな一品をみつけて、句作の糧にしてみたい。

中野三敏『和本のすすめ』

岩波新書 2011年10月20日発行

「江戸人はその生活のあらゆる面で、伝統文化と新興文化の両方を、まぎれもなく自分たちの現代文化として摂取し楽しんだ。」「雅」と「俗」の文化、それは正しい意味での「庶民」の文化として大いに発展した。近代は江戸時代の和本というインフラの上に成り立っていたという単純な事実に立脚してこそ、真の近代読書子と言いたい。

2011/11/05

河野裕子・永田和宏『たとへば君・四十年の恋歌』

文藝春秋社 2011年8月5日第二刷

論語に、「鳥のまさに死なんとするや、その鳴くこと哀し。人のまさに死なんとするや、その言うこと善し。」とある。2010年8月12日蝉の夜、河野裕子は、乳癌のため他界した。その最期の歌は、「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」であった。永田和宏との相聞を生きた歌人、それが河野裕子だ。

原 研哉『日本のデザイン』

岩波新書 2011年10月20日第1刷

本書は、「欲望のエデュケーション」というタイトルで岩波の「図書」に連載されたエッセイを本体とする。デザインは、「物の本質を見極め」「潜在する可能性を可視化し、具体的な未来の道筋を照らし出していくこと」にその本質があるとする。日本の美意識を資源としユニバーサルな展開を見せている一流の仕事に深く学びたい。

2011/09/18

桂米朝『桂米朝句集』

岩波書店 2011年7月21日発行

先日、坪内先生と酒席をともにした。そのおり、「ナメコロジー研究会」のことを聞き、先生がナメクジに精通しておられたのには驚いた。さすが一流は、ちがう。桂米朝さんの俳句は、ときに知的で、艶にして洒脱。やはや一流は、ちがう。「ランドセルこれが苦労のはじめかも」両人とも、子どもへのまなざしが優しい。

デニス・マッカーシー(Dennis McCarthy)仁木めぐみ訳『なぜシロクマは南極にいないのか/生命進化と大陸移動説をつなぐ』

科学同人 2011年8月15日発行

原題は「HERE BE DRAGONS:HOW THE STUDY OF ANIMAL AND PLANT DISTRIBUTIONS REVOLUTIONIZED OUR VIEWS ON LIFE AND EARTH」。「生命と地球の大統一理論」である「生物地理学」の、きわめて良質の啓蒙書。世界観が一転する驚きの連続を経て、いま、わたしは「地球人」になっている。

2011/07/31

水内喜久雄・編『続・一編の詩があなたを強く抱きしめる時がある』

PHP研究所 2011年8月

2011.3.11以降、日本は変わった。それは、確かなことなのだけれども、本当に何かが変わったのか。その渦中にいるわたしたちは、その本当のところをつかめずにいる。そんな気がしてならない。いまもこころは落ち着かず、深く傷つき、動揺している。詩が、詩のことばが、平安への道をそっと用意しているのだ。

吉益敏文・山崎隆夫・花城詩・齋藤修・篠崎純子『学級崩壊―荒れる子どもは何を求めているのか―』

高文研 2011年6月20日発行

「問題は必ず起きるんです。」「僕らは『なぜ』にこだわる教師でありたい。『どうする』にこだわると、管理指導に走らざるを得ないんです。」生きることのあらわな激しいせめぎあいのなかで、問題は起こり、展開する。その渦中で、いかにことばで踏みとどまれるか。考える人たり得るか。きわめて本質的な問題提起だ。

2011年6月

川合康三(かわい・こうぞう)『中国の恋のうた――『詩経』から李商隠まで』

岩波書店 2011年5月20日発行

中国の古典文学は士大夫の文学である。吉川幸次郎の『中国の知恵』で、このことを学んだとき、とても新鮮であったのをおぼえている。では、日本の古典文学の基本形とは何なのか。古今集は、春夏秋冬の季節の歌と恋の歌が大半を占める。中国古典文学の恋のうたには系譜とスタイルがあって、進化してきたのであった。

開 一夫(ひらき・かずお)『赤ちゃんの不思議』

岩波新書 2011年5月20日発行

「赤ちゃん学」は、新しい学問である。その研究はまさに日進月歩で、世界の気鋭の研究者が創意工夫のもとに新たな知見を提出している。本書は、その研究の現場と最新の画期的な知見について、ていねいに教えてくれる。だれもが、みんな「赤ちゃん」だった。この普遍の真実は何を開示するのか。さらに探求してみたい。

2011年5月

川柳家・東正秀/漫画家・田中圭一『セクシィ川柳』

川柳の名称は、前句付の点者である柄井川柳(1718-1790)による。『誹風柳多留』は、柄井川柳の側近・呉陵軒可有が編んだ。江戸の世は、爛熟した。『誹風末摘花』『柳の葉末』『雪の花』など、猥褻な「破礼句(ばれく)」満載の句集もあったとか。江戸の「うがち」(筆者は「みつけ」とする)を学ぶも、またこれを楽しむもよし。

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会監修『初歩からわかる「日本酒入門」』

山形生まれの国分一太郎の教育実践と国語教育論を研究して、はや30年近く。このところ山形の水(日本酒)を深く愛好している。酒は、水と米の世界に冠たる菌食日本の伝統文化。天の時・地の利・人の和を得て、ゆたかな水は育まれる。そして、知識は生活のなかで確かな教養となる。今宵もゆるりとニッポンの水に親しむべし。

2011年4月

柏倉ただを(かしわぐら・ただお)『出羽山河』

角川書店 2011年2月7日発行

大震災に肝苦しさを覚えずにはいられない。多くのふるさとが失われてしまった。柏倉ただをは、出羽・大石田、金子兜太主宰「海程」の俳人。ふるさとの山河・最上川を畏敬し、句作を重ねてきた。「乾坤の秋住まはせて最上川」「最上川剛と山々目覚めさす」。生きることは、この山河に住まいし句作することから始まる。

高護(こう・まもる)『歌謡曲――時代を彩った歌たち』

岩波新書 2011年2月18日発行

歴史は、固有名詞である。この本のテーマは、昭和戦後期の歌謡曲の歴史を人とその音楽性から記述することにある。これほど、固有名詞の出てくる本を読んだのは、はじめて。1960年生まれのわたしの人生は、この本のなかの「歌たち」とともにあった。自分の歴史を固有名詞として記述してみたくなった刺戟的で貴重な一冊。

2011年2月

鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう)『ラジオ深夜便 季語で日本語を旅する【総集編】』

NHKブックセンター 2010年12月18日発行

学習指導要領が改訂され、この四月から小学校の国語教科書が一新する。中学年で俳句に親しみ、高学年では俳句をつくることが必須となった。意外と知られていないかもしれない大改革である。ある教科書では「季節のことば」が春夏秋冬にわたってとりあげられた。「にほんご」の新時代、俳句の基礎教養はおおらかに。

山口仲美(やまぐち・なかみ)『日本語の古典』

岩波新書(岩波書店) 2011年1月20日発行

同じく日本の伝統的な言語文化として「古典」が小学校の国語教科書にたくさん登場する。「にほんご」の奥ゆきと広がりのなかで、「にほんご」の教育として国語教育を活性化したい。本書は、そんな願いに正面からこたえてくれる。擬音語・擬態語研究の第一人者である著者ならではの感性きらめく秀逸の古典入門の書。

2010年12月

栗木京子(くりき・きょうこ)『短歌をつくろう』

岩波ジュニア新書 2010年11月19日発行

俳句は「魔法の杖」であり、「アラジンの魔法の絨毯」でもある。俳句という五七五のことばをうまく使いこなせば、途方もないことをしでかすこともできれば、自由に空も飛べる。これに対し、短歌は、「方程式」である。解と解法があるのだ。そんなことを考えさせてくれた、周到で、やさしくも本質的な短歌入門書。

志水宏吉(しみず・こうきち)『学校にできること/一人称の教育社会学』

角川選書(角川学芸出版) 2010年11月25日発行

教育と教育学。社会と社会学。教育も社会も、ともに現在進行形の複雑系。その両者をあわせた学問たる教育社会学とは、いかなるものなのか。学校臨床社会学のパイオニアである著者は、みずからの研究人生をふりかえり、その見取り図を提示している。地に足をつけて未来へと向かう、力ある大阪の教育学を学びたい。

2010/11/08

中川裕(なかがわ・ひろし)『語り合うことばの力――カムイたちと生きる世界』

岩波書店 2010年9月28日発行

日本・ニッポンとは、どういう国なのであろうか。いまその屋台骨が問われている。アジアの中のニッポン、世界の中のニッポン、原始ニッポン、わたしたちは、あらためてそのアイデンティティを確かめなければならない。そして、「にほんご」の奥行きと歴史についても深く学ぶ必要がある。本書は、その根源に迫る。

成山治彦(なりやま・はるひこ)『格差と貧困に立ち向かう教育――人権の視点で問い直す』

明治図書 2010年8月発行

「教育力は人のつながりの中にあるものです。子どもを軸にどれだけの人々がつながっているかが指標です。」「教師が子どもや地域に向き合うということは、地域を通して、子どもや教育に大きな影響を与えてきた時代そのものと向き合うことでもあるのです。」著者のことばに、大阪の実践者の千鈞の重みを感ずる。

2010/9/19

山田克哉『量子力学はミステリー』

PHPサイエンス・ワールド新書 2010年9月6日発行

科学せんとする意欲が授業を変えていく。これが、最近のわたくしの授業論である。物理学は窮理学とも呼ばれ、理(ことわり)をきわめ、それを明瞭なかたちにあらわすことでもある。この世という大いなる物理現象の中に存在するわたくしたちは、あらためてその大いなる理法に驚くべきである。まさに驚愕の一書。

加藤郁乎編『芥川竜之介俳句集』

岩波文庫 2010年8月19日発行

1892年(明治25年)3月1日 に誕生し、1927年(昭和2年)7月24日に自死した芥川竜之介は、スタイリッシュな小説家であり、説話作家でもあったが、江戸俳諧や近代俳句にも通暁した俳人でもあった。ここに、厳密な考証を経て千を越える竜之介俳句が年次ごとに確定された。俳句の何たるかを知る格好の一書。

2010/8/9

池内 紀(いけうち・おさむ)『文学フシギ帖――日本の文学百年を読む』

岩波新書 2010年7月21日発行

文学作品にその作家の宿命の刻印を読み取ることが批評だと、小林秀雄は言っていた。また、批評とは、畢竟、他人をだしにして「わたくし」を語ることだとも言っていた。本書は、ドイツ文学者でもある作者の読書人生の記録であり、正統な作家論・文学批評ともなっている。玄人の読み手のための、近代日本文学をナビする一冊。

興膳 宏(こうぜん・ひろし)『漢語日暦』

岩波新書 2010年7月21日発行

文学の素養・教養のありかたが問われている今日、和洋漢のことばに精通した夏目漱石や芥川龍之介や石川淳のことがおもいおこされる。「漢語」の力は、近代日本文学の屋台骨であり、グローバルな世界へ出て行くための通路でもある。一日一善、一日一言と同じく、一日一漢語をもって日々にわたしたちの教養力を鍛錬していきたい。

2010/06/21

宮嵜 亀(みやざき・かめ)『ZIGZAG オロロロの丘』

れんが書房新社 2010年5月31日発行

「俳文は俳句的発想による散文」(坪内稔典)。これが、本書のキーワード。俳文とは、晩年の芭蕉によって創始された孤高の文芸であったが、現代の俳文は、旅の楽しみと開放感と人や世界とのライブの交流・交歓のなかにひらかれている。そんな「軽み」の世界が、うれしい。サバンナ紀行と空飛ぶストック譚が秀逸だ。

近藤宣昭『冬眠の謎を解く』

岩波新書 2010年4月20日発行

冬眠は、英語でhibernation。動物が隠れて姿が見えなくなることに由来するという。冬眠とは、単なる体温低下ではなく、生命を維持し体全体をリフレッシュしていくための生物の進化にかかわる神秘の生理現象であることが明らかにされている。研究は、ドラマ。冬眠物質「HP」の発見に至る道程は、まさにスリリング。

2010/5/10

道浦母都子『たましいを運ぶ舟』

岩波書店 2010年4月8日発行

標題は、「〈たましいを運ぶ舟なり短歌とは〉記して後のながき緘黙」による。心の病気「うつ」とともに生きてきた著者の、「生きること」を希求する魂の遍歴がここに刻まれている。歌人の与謝野晶子、齋藤史、中城ふみ子のこと、染織家・志村ふくみのことなど、旅する歌日記としての随筆文学の新味にあふれている。

上原善広『日本の路地を旅する』

文藝春秋社 2010年2月20日 第二刷発行

標題の「路地」とは被差別部落のことで、中上健次の文学用語。著者は、大阪の「路地」を出自として生まれ、そして育ち、流離して、日本全国に点在する「路地」をたずねる旅をつづける。本書は、その魂のルポルタージュ。われわれの生の営みや生業、とりわけいまに連なる忘れてはならない日本の歴史を鋭く照射する。

2010/3/20

小西昭夫『虚子百句』

創風社出版 2010年1月24日発行

高浜虚子は明治7年(1874)に生まれ、大正、昭和を生きた。昭和34年(1959)4月8日に逝去して、すでに50年を閲した。虚子の句を読むことは、そのまま近代俳句の歴史をたどることにほかならない。虚子の句柄の大きさ、その卓抜な表現力に驚かされる。小西昭夫氏の確かなまなざしが感じられて、清々しい。

西村 亨『源氏物語とその作者たち』

文春新書 文藝春秋 2010年3月20日発行

著者は、慶應義塾の折口信夫、池田彌三郎の学統につらなる国文学の研究者。小林秀雄『本居宣長』の冒頭、「小林さん、本居さんはね、やはり源氏ですよ、では、さよなら」を思い出す。文学研究の現場から、源氏物語がいかに創造されたのか、時代を生きる作者の存在をキーにその秘密を慎重かつ大胆に解き明かす。

2010/2/8

長部日出雄『「阿修羅像」の真実』

文春新書 文藝春秋 2009年12月20日発行

おりしも今年は平城京遷都1300年。あおによし奈良の都は、アジアのなかの国際都市だった。律令と仏教、舶来の思想や文物は、日本の礎となり、われわれのいまを導き、促している。聖武天皇と光明皇后が生きた時代、それを象徴する東大寺の毘盧遮那仏と阿修羅像。亀井勝一郎の人生とともに、時空を旅してみたい。

永遠の詩01『金子みすゞ』矢崎節夫選・鑑賞解説

小学館 2009年11月30日発行

金子みすゞは、子規の没した翌年(1903)、長門・仙崎に生まれた。西條八十に見出された稀代の童謡詩人は、1982年、矢崎節夫氏のなかだちを得て、50年を越える歳月を閲して、「よみがえり」を果たした。俊才・金子みすゞの詩魂は、「あこがれ」に満ちている。矢崎節夫著『金子みすゞの生涯』との併読を勧めたい。

2009/12/21(8)

木村和也 木村和也句集『新鬼』

本阿弥書店 2009年12月4日発行

「鬼」の字は、中国では死者の魂が角をもち私利私欲のままに現世に帰ってきた姿を意味するとか。本書は、その表題のとおり、異彩を放つ著者の野心的な句集。「われは新鬼ざぶざぶと行く春の闇」、「さくら散る海とは昏き水のこと」、「セロリ食う春亡国の音させて」など、「水」の多様なイメージの展開に趣きがある。

渡辺淳一『告白的恋愛論』

角川書店 2009年12月15日発行

本書は、1995年から刊行の『渡辺淳一全集』の月報に連載された「告白的女性論」を解題し、一書にしたもの。『恋愛論』の著者であるスタンダールの「生きた、書いた、愛した。」の墓碑銘はあまりにも有名だが、本書も、まさにそのことばどおりの「愛」の記録で、その愛から生まれた小説をぜひにも読みたくなる。 

2009/11/09(7)

山本純子 山本純子句集『カヌー干す』

ふらんす堂 2009年9月発行

詩集『豊穣の女神の息子』『あまのがわ』(H氏賞受賞)『海の日』、朗読詩集・CD『風と散歩に』につづく本書にも、かろやかでしなやかな純度の高い正確なことばが「ぷるぷる」と息づいている。「行く春のカモメの歩く漁師小屋」「夏山の動詞になっていく私」「カヌー干すカレーは次の日もうまい」など清涼感は群を抜く。

清水勲『四コマ漫画――北斎から「萌え」まで』 

岩波新書 2009年8月発行

いまや日本を代表する文化ともなったマンガの歴史は古く、平安末期には「鳥獣人物戯画」が誕生している。江戸に始まる漫画の流行は、『北斎漫画』を経て、明治、大正、昭和、平成へと展開し、庶民の人情や世態風俗を活写してきた。正確な資料にもとづく本書は、まさに日本漫画史のたのもしきナビゲーターである。

2009/9/21(6)

東京やなぎ句会編『五・七・五 句宴四十年』

岩波書店(定価2100円・税込) 2009年7月刊

本年6月17日で480回を数える東京やなぎ句会は、入船亭扇橋、永六輔、大西信行、小沢昭一、桂米朝、加藤武、柳家小三治、矢野誠一、故人として、神吉拓郎、江國滋、三田純市、永井啓夫といった固定したメンバーで、毎月17日に定例で開催。本書は、その記念誌で、大人のユーモアを堪能できる軽妙洒脱な一冊。

内井惣七著『ダーウィンの思想』――人間と動物のあいだ

岩波新書(定価777円・税込) 2009年8月刊

2009年は、おりしもダーウィンの生誕200年、『種の起源』が発行されて150年。この記念すべき年に、科学哲学を専門とする筆者が、これまでの研究と思索の粋を結集して、ダーウィンの滅びない新しさを明解に論究。ダーウィンの思索のドラマをたどりながら、「進化論」の本質に迫る展開は、とてもスリリング。

2009/08/10(5)

渡部泰明(わたなべ・やすあき)『和歌とは何か』

岩波新書 2009年7月22日発行

定型詩としての歌は、そもそもいかなる言語表現なのか、なぜ今日まで命脈を保ってきたのか、その謎を「和歌は言葉による演技である」という視覚から解明しようとした野心的な一書。和歌のレトリックを「儀礼的な空間」論の立場から鮮やかに論じ、「演技性に満ちた行為」としての歌づくりの歴史を鋭く見通している。

小野正弘(おの・まさひろ)『オノマトペがあるから日本語は楽しい』

平凡社新書 2009年7月15日発行

身体性に培う、いきいきとした表現力をもったオノマトペの魅力、その豊かな世界の現場を、軽快に、ときにマニヤックに語りかけてくれる、なかなかに奥行きがあって、刺戟的な日本語論となっている。これも、ひとえに著者の『日本語オノマトペ辞典』(小学館、2007)という地道でたしかな仕事があればこそと感じた次第。

2006/06/22(4)

メアリー・ポープ・オズボーン著 食野(めしの)雅子訳 マジック・ツリーハウス25『巨大ダコと海の神秘』

株式会社メディアファクトリー 2009年2月20日 発行

訳本の第1冊が2002年3月に発行され、翌年3月には6刷。なかなかのベストセラーで、子どもから大人まで楽しめる軽快な冒険ファンタジー。ツリーハウスで主人公の兄妹が往還する旅先には、時に芭蕉、プラトン、ダビンチなどが登場してくる。ヒューマンで知的な「愛」の活劇であり、情感豊かな自然描写も美しい。

マイケル・W・アップル ジェフ・ウィッティ 長尾彰夫 編著『批判的教育学と公教育の再生』

明石書店 2009年5月20日 発行

副題は、「格差を広げる新自由主義改革を問い直す」。グローバルに進行・浸透している公教育改革の現実に焦点をあてた、硬派の論客たちによる警世の一書。ごつごつとしていて歯ごたえのありすぎるホットな本であるが、堅い絆と親愛の情で結ばれた三人ならではの明確なコンセプトに貫かれた記念碑的な一冊である。

2009/05/04(3)

復本一郎『余は、交際を好む者なり――正岡子規と十人の俳士』

岩波書店 2009年3月25日発行

十人の俳士とは、陸羯南、夏目漱石、河東碧梧桐、高浜虚子、古島古洲、佐藤紅緑、中村不折、寒川鼠骨、撫松庵兎裘、三森松江のこと。子規の口吻や息づかい、生身の子規が髣髴としてくる。どの章も、ドラマティックに構成されていて、資料の確かさ、新しさもありがたい。明晰にして熱情の人であった子規の面目躍如の一冊。

浜田寿美男『子ども学序説――変わる子ども、変わらぬ子ども』

岩波書店 2009年1月20日発行

子ども学は、子どもが生きている現場、その生活を内在的に問うこと、すなわち人間だれもが「子ども」であったという、その地点から問題を探究する必要がある。近代に成立した学校教育制度が「子どもという自然」「人間の自然」をいかに疎外し、倒錯した現象を惹起しているか、本書は告発的な教育本質論ともなっている。

2009/03/16(2)

田中 修『都会の花と木――四季を彩る植物のはなし』

中公新書 

著者は植物生理学を専攻する科学者。わたしたちの生活に身近な草木に咲く花々をとりあげ、最新の史実や科学の事実にもとづいて、いかに季節の花々がわたしたちの生活に彩りと華やぎをあたえてくれているのか、その植物のたしかな営みをあざやかに軽快に語ってくれる。歳時記を科学する一書として、ぜひ手元においておきたい。

長谷川 宏『生活を哲学する』

岩波書店 

著者は1940年の生まれ。「赤門塾」というユニークな私塾を営んでいる。著者は、地縁や血縁にもとづく共同体が急速に力を失っている近代の社会にあって、そこに生活している個人が、新たな自由と孤独と共同性を生きることに哲学の現場を見据えている。気負わない哲学入門の一冊であり、いま生きていることが愛おしくなる。

2009/1/26(1)

小野恭靖(おの・みつやす)著『ことば遊びへの招待』

新典社新書20
 

著者は、中世歌謡の気鋭の研究者。本書は、『ことば遊びの文学史』『ことば遊びの世界』の姉妹篇。確かな学術研究の成果にもとづいて、日本の古典文学をつらぬく「ことば遊び」の伝統とその奥行きが初学者にもわかりやすく、ときに軽妙に開陳されている。なぞなぞ・判じ物・回文・倒言・アナグラムについて、それこそ謎解きさながらに、思考訓練の心地よさを体感できることがうれしい。練習問題によるワークショップ型の構成も楽しい。

阿部 彩(あべ・あや)著『子どもの貧困――日本の不公平を考える』

岩波新書1157 2008年11月20日発行

教育の問題が、いまかまびすしい。本書は、「子ども」に焦点をあて、日本という国が国際社会の中にあって「貧困」という深刻な事態にいかにやさしくないかという事実が最新のデータにもとづいて告発されている。教育はすべての子どもを幸福にする営みであり、教育にかかわるすべての人に、子どもの幸福度「ウェル・ビーニング」という尺度によって現実を客体化することの必要性とその重要性を教えてくれる、まさに警世の一書。

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